十七章 禿人遁走
第587号~第646号
(1993年1月14日~同年4月28日)
- 第587号 1993年1月14日
日蓮正宗自由通信同盟
今になって「C作戦」を全面否定する日顕の頭は狂っている
この大嘘つきをいつまでも“猊座”に座らせて恥と思わぬか - 第619号 1993年3月18日
日蓮正宗自由通信同盟
日顕の側近より千畳坊改め広布坊の設計図を極秘入手した
宗内の誰もが今時の三十数億円の浪費に腹を立てている - 第621号 1993年3月20日
日蓮正宗自由通信同盟
日興上人が追放すべしとされた実相寺院主も桜を切った
院主は日顕同様女を侍らせ魚鳥を食し酒と邪淫を好んだ - 第624号 1993年3月23日
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自前で千畳敷の広布坊を建てるかのように言ってた日顕が
「信心があるなら供養を持ってくるはず……」と言い始めた - 第638号 1993年4月12日
日蓮正宗自由通信同盟
日露戦争開戦時に日応上人は「御本尊一万幅」を売り出し
「戰勝大會」で真筆御本尊を一般公開し戦費を集めた - 第639号 1993年4月14日
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小笠原は大御本尊の写真を「二円」で「お守り」として売り
日開は御本尊を差別化し「尊号」をオマケにつけ商品とした - 第643号 1993年4月24日
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法華講員の半数近くが供養目当ての来寺を嫌っているのに
売僧根性の日顕は真光寺“親教”を強行し供養を集める - 第644号 1993年4月25日
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恥知らずで嘘つきの日顕は自分の嘘に『地涌』まで利用する
広布坊建設反対署名を最初知ったのは『地涌』を読んでだと - 第646号 1993年4月28日
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仏壇よりベッドを選んだ破仏法者・山﨑正友が仮出獄した
カツラをつけず紙箱一つを抱え老いた姿は人生の敗残者だ