五章 綺語誑惑
第198号~第226号
(1991年7月17日~同年8月14日)
- 第186号 1991年7月5日
日蓮正宗自由通信同盟
創価学会員のことを「異常だ悩乱してる」と悪態をついている
怨念の塊の僧侶が葬儀に来ることは成仏の妨げとなる - 第187号 1991年7月6日
日蓮正宗自由通信同盟
創価学会員のことを憎みに憎んでいる日蓮正宗の僧侶が
葬儀に来てなにを祈るのかと思うと気味が悪くて呼べない - 第188号 1991年7月7日
日蓮正宗自由通信同盟
「僧侶が引導を渡すことによって成仏するのではない」
この日達上人の御指南を日蓮正宗の僧は忘れたのだろうか - 第190号 1991年7月9日
日蓮正宗自由通信同盟
正本堂の願主の名から池田名誉会長の名前を削った僧侶達
このような姑息なことまでして恥ずかしくないのだろうか - 第191号 1991年7月10日
日蓮正宗自由通信同盟
提婆達多・山崎正友に屈伏し謝罪してしまった日顕上人は
悪鬼入其身であることを自覚し速やかに正信に戻るべきだ - 第193号 1991年7月12日
日蓮正宗自由通信同盟
「C作戦」によって創価学会攻撃は一月末にはカタがつく
「二月には温泉でゆっくりやろうや」と高橋公純は語った - 第198号 1991年7月17日
日蓮正宗自由通信同盟
日顕上人の地下プール付二十億円の豪邸の建築図面が判明
傲れる日顕上人夫婦の贅沢ぶりに宗門内部から批判の手紙 - 第199号 1991年7月18日
日蓮正宗自由通信同盟
日顕上人は『大日蓮』の大失敗にも責任を問えなかった
その裏には早瀬一族に対する遠慮があったと見るべきだ - 第201号 1991年7月20日
日蓮正宗自由通信同盟
添書登山に参加せよと法華講に目一杯の動員をかけたが
終わってみれば昨年のわずか五・七%の登山者数だった - 第203号 1991年7月22日
日蓮正宗自由通信同盟
添書登山最終日に現れた福島源次郎は総勢四名であった
日顕上人の添書登山に繋いだ一縷の望みは切れてしまった - 第205号 1991年7月24日
日蓮正宗自由通信同盟
脱会者作りを目的として結成された「外護の会」が解散
反創価学会を策する者たちの敗北が次々と決定的になる - 第212号 1991年7月31日
日蓮正宗自由通信同盟
創価学会より寄進された寺に住み我貴しと学会批判をする
そんな小狡い僧が「地獄に堕ちるぞ」と脅しても怖くない - 第213号 1991年8月1日
日蓮正宗自由通信同盟
日顕上人は檀徒欲しさに「創価学会の解散」を望んでいる
出家の欲得の為に清浄な和合僧団が破壊されてよいものか - 第216号 1991年8月4日
日蓮正宗自由通信同盟
祭祀特権階級になろうと日蓮正宗に巣くう悪比丘たちは
日蓮大聖人の仏法を欲得で解釈し純真な信徒を迫害する - 第217号 1991年8月5日
日蓮正宗自由通信同盟
遺族を中傷批判するビラを作って配ったり文書を掲示する
日蓮正宗の一部の僧侶の行っていることは人道にももとる - 第219号 1991年8月7日
日蓮正宗自由通信同盟
宗門は「通諜」の作成者は戸田会長であると悪宣伝したが
この文書を捏造したのは戦後入信の法華講員だと判明した - 第224号 1991年8月12日
日蓮正宗自由通信同盟
日顕上人は波木井実長の功績を史実以上に持ち上げすぎる
これでは日蓮宗身延派が手をたたいて大喜びするだろう - 第225号 1991年8月13日
日蓮正宗自由通信同盟
日蓮大聖人の御消息文を拝せば身延での困窮ぶりが窺える
波木井実長に大功績ありとする日顕上人は狂乱の極みか - 第226号 1991年8月14日
日蓮正宗自由通信同盟
池田名誉会長を波木井実長に擬するまでの極論をいうなら
日蓮正宗僧侶は創価学会寄進の寺から退去して発言せよ - 第227号 1991年8月15日
日蓮正宗自由通信同盟
身延離山の本義は最勝の地を尋ね広宣流布を期す事にある
徒らに波木井の謗法を強調し本義を見失ってはならない - 第231号 1991年8月19日
日蓮正宗自由通信同盟
いくら画策してみたところで創価学会が広宣流布の主体だ
淳師曰く「創価学会の出現は法華経の霊山会の約束による」