報恩社公式サイト③「地涌」精選

地涌選集

筆者 / 不破 優 

編者 / 北林芳典

二章 持者能忍じしゃのうにん

地涌オリジナル風ロゴ

第74号

発行日:1991年3月15日
発行者:日蓮正宗自由通信同盟
創刊日:1991年1月1日

出家し懶惰懈怠なるは是仏在世の六師外道なり
客殿焼失の事の本質を見極め懺悔滅罪こそ先決である

「時局協文書」は、昭和二十年六月の客殿焼失の際、焼死された日恭上人についてのべている。

「御身を惜しまれたのでないことは、昭和二十年六月の、日恭上人の御覚悟の御遷化に拝される。このときまでの、日蓮正宗僧俗の一切の最終的責任を、御一身に負われた御遷化である、と拝されなければならないのである」

このことについては多くを語りたくない。

昭和二十三年五月七日付の日蓮正宗機関紙『宗報』が、客殿の焼失にふれている。一信徒の「客殿建立と燒失した信心建立」と題した文であるが、正規の日蓮正宗機関紙に掲載されているのであるから、昭和二十三年当時の宗門全体にあった、客殿焼失に対する統一的な総括であったと思われる。

「日本敗戰は正に我が宗門の敗戰であつた。今を去る昭和廿年大客殿大書院六壺の燒失は、我等僧俗の懈怠謗法罪たる事は遺憾ながら諸賢と共に確認せざるを得ないのである。

敗戰當時を今茲に回顧して見れば、宗祖*の御訓戒に悉く背き、國家諫暁の重責を果たしたとは言へない。

軍の農耕隊の一團は客殿書院を占領し、我が清浄なる大道場を踏みちらし、殊に燒失の前日悪鬼の住家たる大麻の社殿を書院に祭りこんだ事は、農耕隊錬成團の仕業とは云へ、開山日興上人以來未だ見ざる一大汚点である。

今茲に述べる迄もなく『謗法を見て呵折し駈遺せずんば是佛法の怨なるべし』の宗祖*の御訓戒は僧俗一同の身骨に徹してゐると思ふ『臆病にては叶ふべからず』の御訓戒を、正法護持にも折伏にも無視*するやうな事になれば信心の燒失、懈怠謗法となりて客殿書院の大伽藍も亦、一朝の夢として消える事を覺悟しなければならないのである」

この文で確認できることは、伊勢皇太神宮の大麻を軍が書院に祀った翌日に、客殿、書院、六壺が焼失し、日恭上人も御遷化されたということである。仏意のほどを知るべきである。

この事実を前にして、いまどき日蓮正宗の中枢が言葉をもてあそぶべきではない。御本仏のお叱りこそ恐れるべきである。御金言に曰く、

「其の時賢人ありて云く七難の大火と申す事は聖人のさり王の福の尽くる時をこり候なり、然るに此の大火・万民をば・やくといえとも内裏には火ちかづくことなし、知んぬ王のとが・にはあらず万民の失なりされば万民の家を王舎と号せば火神・名にをそれてやくべからずと申せしかば、さるへんもとて王舎城とぞなづけられしかば・それより火災とどまりぬ、されば大果報の人をば大火はやかざるなり」(王舎城事)

【通解】そのとき賢人があって次のように言った。「七難の一つにあげられている大火ということは、聖人が去って国王の福運が尽きるときに起こるのである。ところが今起きている大火は、万人の家は焼いても王宮には火は近づいていない。これは王の過失ではなく万民の過失によるものであることがわかる。したがってこれからは、万民の家を王舎と名づければ、火神はその名を恐れて焼くことはできないだろう」と。王はそのようなこともあるかもしれないと思い、王舎城と名づけてみると、それ以来、火災はやんだ。この例でもわかるように、大果報の人を大火は焼かないのである。

「時局協文書」は、

「御法体を継承あそばされる御法主上人の御振舞は、必ず大勇であり、一般僧俗が簡単に批判すべきことではない」と述べている。「大勇」があれば御本仏は愛でられる。「大勇」がなければお叱りになる。

日蓮大聖人の御遺文に、

「般泥おん*経に云く『当来の世仮りに袈裟を被て我が法の中に於て出家学道し懶惰懈怠にして此れ等の方等契経を誹謗すること有らん当に知るべし此等は皆是今日の諸の異道の輩なり』等云々、此経文を見ん者自身をはづべし今我等が出家して袈裟をかけ懶惰懈怠なるは是仏在世の六師外道が弟子なりと仏記し給へり」(佐渡御書)

【通解】般泥おん*経には、釈迦在世に、仮に袈裟をつけて我が法の中で出家学道したとして、懶惰懈怠であって、これらの大乗経典を誹謗するような者は、これらはみな外道の者であると知るべきである」と説かれている。この経文を見る者はみな自分自身を恥ずべきである。現在、出家して袈裟をかけながら懶惰懈怠である者は、釈尊在世の六師外道の弟子であると仏は記されている。

とあるとおりである。

「時局協文書」は、最後に、

「もし、このときに、御法主上人が謗法を行ない、宗門が汚れたというならば、戦後の日蓮正宗、なかんずく創価学会の歴史はどうなるであろうか」

と開き直っている。あまさしいの一言につきる。そのような論を立てるのならば、釈迦仏を造立した総本山第十七世日精上人のときに血脈は断絶している。剃髪をなして数十年、いまだ御本仏の慈悲広大を感得していない者たちだ。

多少の謗法を犯したけれども、御本仏の慈悲広大のゆえに赦されたと思わないのか。また、末法の衆生を救わんとする日蓮大聖人の大慈大悲の広大無辺なることを感じないのだろうか。

「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし」(報恩抄)

【通解】日蓮の慈悲が広大ならば、南無妙法蓮華経は万年のほか、永遠の未来までも流布するであろう。

仏法の本質から見るならば、大法弘通の時を招来し得たのは、ひとえに御本仏の慈悲広大なゆえである。

ただ熱原の三烈士が処刑され、それを機縁に日蓮大聖人が一閻浮提総与の大御本尊を御図顕されたごとく、大法難にあっての牧口会長の獄死、戸田会長の不屈の信心が大法弘通の時招来の機縁となったのも確かなことである。日蓮正宗が法水を伝え得たこと、創価学会が出現したこと、この不思議は日蓮大聖人の慈悲広大のゆえにほかならない。

「時局協文書」を読むと、作成した僧たちのあまりの暗愚さの前に茫然と立ちつくすのみである。日蓮正宗の前途にも不安を覚える。

だが、戸田会長は『大白蓮華』(第十五号)の巻頭言として、「僧侶の大功績」と題する文を寄せている(実は、「時局協文書」はこの巻頭言を宗門のボロ隠しに引用しているので、ここで正しく引用する)。

「この教団の七百年の古い伝統は、一面には尊く、かつ清く、ありがたく、かつ一面には、猫もねずみも出るであろう。かかる猫やねずみの類は、必ず一掃されるから、心配することはない。かかる近視眼的かつ部分観的、一時的に観察せずに、大聖人ご出世のご本懐より、または仏法の大局視よりなすなら、口にも筆にも表せぬ一大功績が、この教団にあるのである」

「猫やねずみの類は必ず一掃される」と断言されている。そのためにも邪義邪説は断固、破折しなければならない。

戦っていくならば必ずや御本仏の御加護があるのだ。

二章 持者能忍 終

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