二章 持者能忍
第59号~第74号
(1991年2月28日~同年3月15日)
- 第59号 1991年2月28日
日蓮正宗自由通信同盟
いかなる策も仏意仏勅の団体を破壊することはできない
僧侶といえども破和合僧をなせば大罪であり仏罰を受ける - 第60号 1991年3月1日
日蓮正宗自由通信同盟
謗法容認の御指南を拒絶し、獄にあっても不屈であった
その牧口、戸田両会長の戦があって広宣流布の時が開けた - 第61号 1991年3月2日
日蓮正宗自由通信同盟
学会が神札を受けるように命じたという「通諜」は
牧口、戸田両会長に傷をつけようとする者が偽造した - 第62号 1991年3月3日
日蓮正宗自由通信同盟
獄中の牧口常三郎会長は折伏精神をもって尋問に臨んだ
国家神道を破折し立正安国論を引用して仏の法を説いた - 第63号 1991年3月4日
日蓮正宗自由通信同盟
戸田城聖会長は獄中にあっても仏道修行に精進して
法華経を読み唱題を重ね大悟を得ることができた - 第71号 1991年3月12日
日蓮正宗自由通信同盟
日顕上人に20億円のプールつき豪邸の建築計画あり
権威、権力をカサに着てやはりどこかが狂ってきた - 第72号 1991年3月13日
日蓮正宗自由通信同盟
自らの諂曲と謗法を懺悔もしないで殉教の人をあげつらう
日蓮正宗の中枢はとうとう骨の髄まで腐ってしまったのか - 第73号 1991年3月14日
日蓮正宗自由通信同盟
血脈と大御本尊を守るためには国家権力に屈服する
この日蓮正宗中枢の考えは大聖人の仏法に反するものだ - 第74号 1991年3月15日
日蓮正宗自由通信同盟
出家し懶惰懈怠なるは是仏在世の六師外道なり
客殿焼失の事の本質を見極め懺悔滅罪こそ先決である