報恩社公式サイト③「地涌」精選

地涌選集

筆者 / 不破 優 

編者 / 北林芳典

十一章 虚言きょげん羅列られつ

地涌オリジナル風ロゴ

第385号

発行日:1992年2月15日
発行者:日蓮正宗自由通信同盟
創刊日:1991年1月1日

開祖より大御本尊様を本化国主に伝えよと言われた貫首が
地涌の菩薩到来の時に至ったのに宝蔵の鍵を手放さない
〈導師本尊シリーズ・第8回〉

先号同様、代々の法主がニセ曼荼羅である導師本尊を書写し続けてきたという史実にのっとって、「血脈」「相伝」について考えてみたい。

日顕宗では「富士の清流」「七百年の伝統」などという言葉を、己の尊厳を確保し権威を高めるための常用句としている。だが、史実に照らしてみて、本当にそのように誇れるのだろうか。いや、そうではない。

「法水写瓶」「血脈相承」と言っているが、貫首や法主の継続の中に、神秘的なものの継承があったかといえば、これまたそうではない。まったくの幻影だった。

それでは、日蓮正宗にとって確かなことはなにかといえば、地涌の菩薩が澎湃と出現し始めるときまで、戒壇の大御本尊様をなんとか無事に伝えてきたということである。

とはいえ、戒壇の大御本尊様の周辺に生きてきた僧侶たちが、正法正義に基づき、毅然たる謗法厳戒の姿勢で今日まで戒壇の大御本尊様を厳護してきたかといえば、これまた違う。

室町期(第九世日有上人の時代)には、留守居役の三人の悪僧が、戒壇の大御本尊様ごと大石寺を売り飛ばしてしまったという事実もある。

その後も、時の権力に圧迫されながら、権力に媚び、邪宗に膝を屈して、なんとか生き延びてきたのだ。その間、おびただしいほどの謗法を犯し、知ってか知らずか邪義に染まってきたのである。

それでも、なんとか仏意仏勅の団体である創価学会が出現するまで、戒壇の大御本尊様をお護り(正確には護られてきた)してくることができた。

御開山日興上人曰く、

「此の御筆の御本尊は是れ一閻浮提に未だ流布せず正像末に未だ弘通せざる本尊なり、然れば則ち日興門徒の所持の輩に於ては左右無く子孫にも譲り弟子等にも付嘱すべからず、同一所に安置し奉り六人一同に守護し奉る可し、是れ偏に広宣流布の時・本化国主御尋有らん期まで深く敬重し奉る可し」(富士一跡門徒存知の事)

【通解】この大聖人御自筆の御本尊は、一閻浮提(全世界)にいまだ流布せず、正法・像法時代にはいまだ弘通していない本尊なのである。したがって、日興の門徒で御本尊を所持する者は、簡単に子孫に譲ったり、弟子などに付属してはならない。一カ所に御安置申し上げて、(本弟子)六人が一同でお護りすべきである。これも、ひとえに広宣流布の時がきて、正法信受の国主からお尋ねがあるときまで、深く敬い大切にしていくべきである。(筆者註「国主」について、主権在民の時代にあっては、「国主」は国民であるから民衆と意義づけられる。狭義においては多くの民衆の強信者を率いる偉大な仏教指導者を「国主」と現代的には解釈すべきだろう)

戒壇の大御本尊様が、今日まで伝えられてきたのはなんのためか。ひとえに、地涌の菩薩が雲集する、その時代のためであった。

「血脈」とか「相伝」といった、宗教的用語で表現していることの実体は、とりもなおさず、戒壇の大御本尊様を化儀の広宣流布の時にあたって、地涌の菩薩に無事に伝えることである。

これ以外に、「血脈」とか「相伝」などはありえない。ましてや、「相承」を受けると特別の宗教的境界に及ぶなどということは、唾棄すべき愚論にすぎない。

前号にも強調しておいたが、もし仮に法主の座にある者が不可思議なる宗教的境界にあり、宗開両祖と同様の境界に達しているとするなら、日蓮正宗の法主が「五道冥官」などという邪義に基づく名を、代々にわたって本尊に書き込むはずはない。

それを何百年もおこなってきたということは、法主が不可思議な宗教的境界にはないという証左である。

それでは、猊座神秘主義という言葉に象徴されるような特殊な力が法主にないとすれば、猊座継承とはいったいなんであったのか。それは、先述したように謗法に染まりながらも戒壇の大御本尊様を、かろうじて今日まで伝えてきたということだ。

つまり、戒壇の大御本尊様が地涌の菩薩出現の時まで伝えられたということである。戒壇の大御本尊様が仏意仏勅の団体である創価学会の出現のその日まで伝えられたという事実が、もっとも意義あることなのだ。

日蓮大聖人の仰せに曰く。

「当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す」(観心本尊抄)

【通解】まさに知るべし、この四菩薩は折伏を現ずる時には賢王となって武力を以って愚王を責め誡め、摂受を行ずるときは聖僧となって正法を弘持するのである。

この化儀の広宣流布の時代まで、戒壇の大御本尊様が無事、伝えられ、そこに地涌の菩薩が雲集したという現実に、日蓮大聖人の慈悲が広大無辺にして、末法万年尽未来際まで民衆を救済しうるという根源的な力が顕示されているのだ。

日蓮正宗の歴史において、もっとも確かにして不可思議なことは、日蓮大聖人が末法の民衆の幸せのために御図顕された戒壇の大御本尊様のもとに、地涌の菩薩が雲集したという現実である。創価学会は、末法の御本仏日蓮大聖人の御言葉を虚妄にしないために出現した仏意仏勅の団体なのだ。これこそ確固たることである。

猊座神秘主義のような、人間の上に人間をつくる愚かな思想は廃止するべきだ。

はっきり言っておこう。創価学会出現までの日蓮正宗には、「富士の清流」といわれるような謗法厳戒の精神はなかった。

「地頭の不法ならん時は我も住むまじき由、御遺言には承り候へ」(美作房御返事)

このように日興上人は、御本仏日蓮大聖人の御真意を書き残されている。本来ならば、大石寺に宗祖の御魂は住まないところであったのだ。

だが、謗法に染まりながらも大石寺に戒壇の大御本尊様が伝えられてきたという、御本仏日蓮大聖人の御慈悲は実に甚深であった。

それ故に、戒壇の大御本尊様を慕う地涌の菩薩たちが、「謗法の真っ只中に敵前上陸した」(戸田城聖第二代会長の言葉)のである。宗門の内も外も謗法だらけであった。また、世の中は軍国主義が席巻し、まさに暗黒の時代であった。

しかし、牧口常三郎初代会長、戸田城聖第二代会長の生命を賭した戦いによって、機は熟し、大法興隆の民主の時代を招来することができたのである。そしていま、池田大作名誉会長の指揮により、閻浮提広宣流布は現実のものになろうとしている。

これこそが、ゆるがせにできない事実なのである。戒壇の大御本尊様のもとに創価学会が出現したこと、初代、二代、三代会長が広宣流布を推し進めてきたこと、これ以外に確かなことはない。また、これ以上、不可思議なこともない。これこそ、日蓮大聖人の慈悲が末法万年尽未来際に及ぶ現証なのである。

先に紹介した「富士一跡門徒存知の事」に明記してあるように、本化地涌の菩薩に戒壇の大御本尊様を無事、伝えるよう御開山日興上人より仰せつかった僧らが、なにをもって大御本尊様と地涌の菩薩のあいだに立ちはだかろうというのか。言語道断である。

それだけではない。戒壇の大御本尊様を地涌の菩薩に無事伝えるべきことが、「金口嫡々唯授一人血脈相承」の本旨であるのに、血脈相承と猊座を神秘化し地涌の菩薩を圧迫する“道具”にしようとする。

まるで蔵番が鍵を握りしめ、主人が訪れたのに鍵を渡さないようなものだ。人を誑かし、自分が主人だと偽っているのだ。日顕のおこなっていることが、紛れもなくそれである。狂乱とはこのようなことを言うのである。

猊座神秘主義者が、「三度相伝」「御本尊七箇相承」などの相伝書をもって法主(貫首)の座を宣揚し、それ以外にも甚深の口伝があるとしている。だが、宣揚の前提になっている秘伝であるべき相伝書が、日蓮宗各派の他山でも相伝書とされていることを知らなければならない。

しかも、その相伝書の大半が、まったく同一文の写本である。もちろん、大石寺にあるものも写本である。

総本山第五十九世日亨上人が、『富士宗学要集』の中に相伝書を掲載され、秘伝書とされてきたものを公開された背景には、日蓮宗各派の他山に同様のものがあるという現実があったのだ。

「血脈」「相伝」といった言葉に幻惑されてはならない。繰り返すようだが、代々の会長のもとに団結し、日蓮大聖人の教えのままに広宣流布を進めている創価学会の現実の姿。これ以上の不思議はないのだ。

日蓮大聖人の仰せに曰く。

「いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや、経に云く『我久遠より来かた是等の衆を教化す』とは是なり、末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり、日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし」(諸法実相抄)

【通解】このたび、信心をしたからには、どのようなことがあっても、法華経の行者として生き抜き、日蓮の一門となりとおしていきなさい。
 日蓮と同意であるならば、地涌の菩薩であろうか。地涌の菩薩であると定まっているならば、法華経従地涌出品第十五に「これらの地涌の菩薩は、私が久遠の昔から教化してきたのである」と説かれているのは、このことである。
 末法において妙法蓮華経の五字を弘める者は、男女の分け隔てをしてはならない。皆、地涌の菩薩が出現した人々でなければ唱えることのできない題目なのである。
 はじめは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、二人・三人・百人と次第に唱え伝えてきたのである。未来もまたそうであろう。これが地涌の義ではないだろうか。そればかりか、広宣流布のときは日本中が一同に南無妙法蓮華経と唱えることは大地を的とするようなものである。

この日蓮大聖人の御金言を現実のものにしているのは、ほかでもない池田名誉会長率いる創価学会である。

創価学会員にとってかけがえのないものは、日蓮大聖人の仰せを現実のものとしようとする創価学会であり、みずからも含めてそこに集う地涌の菩薩たちである。創価学会員は、自分たちが仏の眷属であることを一大確信することこそ肝要なのだ。

日蓮大聖人の仰せに曰く

「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る程の者は宝塔に入るなり」(御義口伝)

創価学会員は、自身の尊厳に目を開くべきだ。

さて、ここまで論及しても、日顕宗の悪侶らは僧の尊厳を強調し、信徒の尊厳は僧に劣ると主張することだろう。そうであるなら、創価学会出現以前の日蓮正宗の尊厳はどれほどあったのだろうか。

それを史実に基づき認識しなければならない。日蓮正宗の代々の法主が、ニセ曼荼羅である導師本尊を何百年にもわたり書写してきた、その史実から目をそらすことは許されない。

「血脈相承」「法水写瓶」「富士の清流」「七百年の伝統」「本宗本来の化儀化法」などという言葉に、ぬぐいがたい憧憬を持っている日顕宗の人たちには、次号、次次号の必読をおすすめする。「富士の清流」の幻想を打ち砕くことになることは間違いない。

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