報恩社公式サイト③「地涌」精選

地涌選集

筆者 / 不破 優 

編者 / 北林芳典

二十七章 師弟してい倶生ぐしょう

単行本「『地涌』からの通信(11)」おわりに

日顕一派のやることなすことは
ことごとく日蓮大聖人の教法に反している

平成三年十一月二十八日、日顕一派が創価学会に「破門通告書」を出してから、創価学会員は実に明るく楽しく振る舞っている。知らず知らずのうちに心の奥底に沈澱していた澱が、一挙に放出されたようだ。五体まで軽くなって、世界広布への意欲はいや増すばかりである。

日顕一派が、「C作戦」発動の日(平成二年十二月二十七日)以来、ことあるごとに主張してきたことは、日蓮大聖人の仏法に背叛することばかりであった。

日蓮大聖人は、衆生を色心にわたり、あらゆる障礙より解き放とうとの大慈大悲にあふれていた。だが、「現代における大聖人様」を装う日顕は、あらゆる生命の上に君臨し、人々を額ずかせ、跪かせ、隷属させようとした。

そのためには、日蓮大聖人の仏法すら信徒への脅しの道具として変質させ、本然的に解放を求める人々の心を閉ざし呪縛するために利用しようとするのである。

今回の宗門問題の経過のなかで、日顕一派にはひとかけらの慈悲も存在せず、慢心と欲望のみが膨らみに膨らんでいることが、はっきりとした。この宗門問題が、「C作戦」を背景に日顕側から引き起こされなければ、第六天の魔王の下に仏国土を築こうとの愚かな試みがなされるところであった。いうならば、日顕の狂乱は御仏智ともいえる。

これも、折伏の大闘将である池田大作創価学会名誉会長の正法護持と世界広布への大情熱の賜である。

「仏と提婆とは身と影とのごとし生生にはなれず聖徳太子と守屋とは蓮華の花果・同時なるがごとし、法華経の行者あらば必ず三類の怨敵あるべし、三類はすでにあり法華経の行者は誰なるらむ、求めて師とすべし一眼の亀の浮木に値うなるべし」(開目抄)

思えば、我ら仏子は不思議な時に遭遇している。これも仏縁の故か。

1992年1月

家族友人葬のパイオニア報恩社