単行本「『地涌』からの通信(9)」おわりに
日顕は「法滅の妖怪」である
仏子の結束を崩すことはできない
日顕らの狂える様は、日毎にその度を増し、これまで心中に隠し持っていた邪法邪義を露にしてきている。今後、日顕らはあらゆる策謀をもって、仏子らの集える創価学会を混乱させ破壊しようとするだろう。
だが、池田大作創価学会名誉会長を中心にした仏子らの団結はあくまで固く、そうした画策がいささかの効も奏さないであろうことは歴然としている。
これを見て、日顕らは以前にも増して狂い、卑劣な策を弄してくるだろう。しかし、日顕がどのように謀をめぐらせても、仏子らは日蓮大聖人と同意であるが故に、結束を崩すことはない。みな等しく広宣流布を誓願して地より涌き出でたる菩薩たちである。日顕のような小狡い法滅の妖怪に、決して破れることはない。
難の最中で、創価学会員一人ひとりは、日蓮大聖人の弟子であるとの自覚を、いっそう強いものにしている。日蓮大聖人の教法をどこまでも押し立て、法脈に巣くう魔軍を追討しなければならない。
いずれは、御本仏の賞罰が明らかになることだろう。
日蓮大聖人の御聖訓に曰く。
「さればかかる日蓮を此の嶋まで遠流しける罪・無量劫にもきへぬべしとも覚へず、譬喩品に云く『若し其の罪を説かば劫を窮むるも尽きず』とは是なり、又日蓮を供養し又日蓮が弟子檀那となり給う事、其の功徳をば仏の智慧にても・はかり尽し給うべからず」(諸法実相抄)
仏子らと日顕らの賞罰は、いったいどのように下されるのだろうか。眼前に現証としての賞罰を見ることによって、仏子らの確信もいっそうのものとなろう。
我々が日蓮大聖人の弟子として、この末法に生まれ、師である池田名誉会長のもと、広宣流布の陣列に轡を並べることは、決して偶然のことではない。すべての創価学会員が、地涌の菩薩の使命を再度、噛みしめ、広宣流布の途上に出現した僣聖増上慢との戦いに奮闘すべきである。難にあって耐え忍び、志を奮い立たせて、気を勇めて魔軍に当たれば成仏疑いない。
「いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや、経に云く『我久遠より来かた是等の衆を教化す』とは是なり、末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり、日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし、ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし」(同)
余事を交えず、日蓮大聖人の弟子として一途に広宣流布の直道を歩もう。
1991年11月